2006年11月18日
「自立したい」

今朝の琉球新報経済面に
「比米軍基地返還から15年」と題した記事が掲載されていました。
フィリピン・ルソン島のクラーク米空軍基地、
スービック米海軍基地が返還されてからの10数年間の報告です。
返還跡地はフィリピン最大の経済特区に生まれ変わり
雇用は基地時代の4倍に増えたとのこと。
その記事の中で印象的だったのが
かつて米軍基地に勤務していた方の
「あなた方のお金にたよって
いつまでも生きていくわけにはいかない。
自立したい」というコメント。
まさに明日に控えた知事選の争点だと思いました。
21世紀に新たな基地施設を作るなんて信じられない。
アメとムチに振り回されたくない、
自分たちの足で自立しなければいけない。
今回の知事選は、最後のふんばりどきだと思っています。
でも、私に何ができるのだろうか?
党派、宗教、仕事も超えて
ただひとりの県民として何ができるのだろうか。
今日一日、問い続けました。
そして、正直に自分の気持ちを伝えることだけしかないという結論に達しました。
そこで勇気を振り絞って、私の愛すべき友人たちに「選挙に行ってね」とお願いしました。
普段から腹を割って話せる友人でも、選挙や宗教のことはタブー。
この話を持ち出すことで、友人関係も壊れるかもしれない。
そう思ったけど何かをしなければ
明日の結果次第では、一生後悔すると思ったのです。
でもそんな心配は必要ありませんでした。
皆あたたかく、私の思いにじっと耳を傾けてくれました。
そんなひとりひとりに背中を押されながら、何人にも電話を入れました。
やれることだけは、やりました。
かーえ、ひーで、えっちゃん、ゆみちゃん、はじめちゃん
勇気をいっぱいもらったよ。ありがとね。
2006年02月08日
2006年01月08日
2006年01月07日
ひとでなし
のなかざとです。
文字に書かなければ、
ほとんどの人が「仲里」とにんべんをつけてくる。
いつだったか那覇市に住んでいたときのこと。
住民票の発行をお願いし、「仲里」になっていたので訂正をお願いすると
「自分で間違えたんじゃないの」というにべもないお言葉。
おいおい、忙しいのは分かるけど
この名字とは何十年も付き合ってきているのだから
間違うわけないじゃないのと思いながら
沖縄でなかざとと言えば、
にんべん付きの「仲里」なんだなと再認識したものだ。
領収書発行のときには必ず「にんべんなしでお願いします」とひと言付け足している。
沖縄にもにんべんなしの中里はあるらしいのだが、それもわずか。
歴史的に言えば、
琉球王府時代、王族に中城王子(なかぐすくおうじ)がいたため
「中」の漢字は王族に限って使用ができ、
庶民は「仲」を使いなさいとなったとか。
っていうことは、中里は王族(笑)。
なんてね。
名刺交換のときに、「あれっ」という顔をされたときには
「ひとでなしの中里です」と説明すると、その場の雰囲気が一気に和む。
つかみはオッケーなのだ!
でも、この手も使い古したので、次の手を考えなければ…。
文字に書かなければ、
ほとんどの人が「仲里」とにんべんをつけてくる。
いつだったか那覇市に住んでいたときのこと。
住民票の発行をお願いし、「仲里」になっていたので訂正をお願いすると
「自分で間違えたんじゃないの」というにべもないお言葉。
おいおい、忙しいのは分かるけど
この名字とは何十年も付き合ってきているのだから
間違うわけないじゃないのと思いながら
沖縄でなかざとと言えば、
にんべん付きの「仲里」なんだなと再認識したものだ。
領収書発行のときには必ず「にんべんなしでお願いします」とひと言付け足している。
沖縄にもにんべんなしの中里はあるらしいのだが、それもわずか。
歴史的に言えば、
琉球王府時代、王族に中城王子(なかぐすくおうじ)がいたため
「中」の漢字は王族に限って使用ができ、
庶民は「仲」を使いなさいとなったとか。
っていうことは、中里は王族(笑)。
なんてね。
名刺交換のときに、「あれっ」という顔をされたときには
「ひとでなしの中里です」と説明すると、その場の雰囲気が一気に和む。
つかみはオッケーなのだ!
でも、この手も使い古したので、次の手を考えなければ…。
2005年12月31日
2005年12月31日
沖縄の正月飾り

稲を飾るなんて知りませせんでした。
ところで沖縄のしめ飾り。
本土復帰後に入ってき慣習らしく
しめ飾りというモノだけが伝わり
文化までは伝わらなかったようです。
しめ飾りとは、しめ縄で作られた飾りのことで
神を祭る場所という意味で、
新年にあたり、神様をお迎えする場所を
清める意味があるそうです。
このため一日だけ飾ってお迎えするのは
失礼にあたるということで
31日に飾るのは「一夜飾り」と言って嫌われ、
12月30日までに飾るのが慣習になっています。
このため本土では、31日には店舗の売場からも
一斉に消えてしまうのですが
沖縄では31日も販売されています。
飾る期間は「松の内」といって
元旦から七草がゆを食べたあとの7日まで。
(地方によっては異なるらしいです)
沖縄に来たばかりのとき
一月下旬になっても飾られている家があり、
驚いたことがありました。
「旧正月まで飾るのが沖縄の習わしなのか」
と勝手に理解していたのですが
ただ単に、慣習まで伝わっていなかったということが、
あとで分かりました。
参考URL
http://www.nijo.co.jp/linkpage/b_jan.htm
2005年10月24日
現代の名工 稲嶺盛吉氏
琉球ガラスといえば、強烈な赤をイメージする人も多いと思いますが、
昔は、赤は作れなかったそうです。
なぜなら、昔のガラスは、飲料などの空き瓶を利用した再生ガラスだったから。
再生ガラスでは、膨張率の関係から使える着色材が限られ
赤の再現は難しいそうです。
琉球ガラスは、明治の中頃にはじまったといわれ、
蠅取り瓶やランプのホヤなど、生活雑器を主に製造し
当時は、単純にガラスと呼んでいました。
1960年代
沖縄のガラス工芸が注目されるようになったのは、
戦後、沖縄に駐留するアメリカ軍人が
土産品として注目するようになってから。
アメリカ兵やその家族たちは、
雑誌の切り抜きなどを工場に持ち込み
「これと同じようなものを作ってほしい」とオーダーしたのだとか。
その名残りとして、コップなどのサイズは、今もインチ表示されています。
当時は、アメリカ兵が飲んだコーラーの空き瓶などを利用した再生ガラスが主流。
ガラスに気泡が混じってしまい、
本土では不良品として扱われた時期もあったそうです。
その後、民芸ブームにのり、ガラスづくりは続けられていたものの
まだ、この頃も、沖縄のガラスと呼ばれていたそうです。
1970年代
沖縄の本土復帰と同時に、ガラスの原料が手に入るようになり、
この頃から、赤いガラスが作られるようになりました。
1980年代
沖縄のガラスを後世に残すためにと、
職人たちが集い、組合を作ることなったのが、1983年。
組合名は、琉球ガラス工芸協業組合。
この頃から、沖縄のガラスは、琉球ガラスへと名称が変わっていったそうです。
1990年代
現代の名工のひとり、稲嶺盛吉氏は、
不良品といわれた気泡を生かし、泡ガラスを考え出したり、
原料に備長炭や米ぬか、コーヒーの搾かす、カレー粉などを入れるなど、
ガラス界の異端児とも言われています。
2000年代
そんな稲嶺氏は、再生ガラスで難しいと言われている、赤の再現の挑戦。
そして、完成したのが「紅珊瑚」。
このコップを見せていただいときの、稲嶺氏のうれしそうな顔。
まるで無邪気な子供のようでした。
世界の数々の賞に輝き、大御所とか、大先生とか称されていますが、
その素顔は、心配り、気配り上手なおじさん。
氏の個展パーティーのとき、隠れるように、いちばん隅っこ座り、
「こういう華々しい席は苦手」と笑っていた稲嶺氏。
60歳半ばを過ぎた今もガラスを吹いている、現役のガラス屋です。
沖縄デジタルアーカイブス「琉球ガラス」
http://www.wonder-okinawa.jp/009/
2005年10月17日
沖縄そばの日
今日、10月17日は「沖縄そばの日」なんだそうです。
↓
http://www.okinawaweb.com/okinawa/eat/soba/sobanohi.html
そばと呼べるのは、そば粉を30%以上混ぜていないとダメだと
公正競争取引規約により決められていて
そば粉を使っていない沖縄そばは、
そばって呼称を使ってはいけないといわれたのだけど
沖縄製麺協同組合の方々は、そんなこと言われても
沖縄そばは、沖縄そばであって、沖縄麺でもなけければ
沖縄ラーメンでもない、
(あえていうなら“すば”かなといったかどうかは分からないけど)
昔っから、ウチナーンチュは、沖縄そばって呼んでいたんだから
と、すったもんだの交渉を粘り強く続けた結果、
1978年10月17日に「本場沖縄そば」として認められたそうです。
そしてこの日を記念して、「沖縄そばの日」にしたのだそうです。
さぁ、今日はどこに食べにいこうかな。
どこもいっぱいそうだけど、
「沖縄そばの日」には、
「沖縄そば」を食べなくちゃって思ってしまうのは、私だけではないような…。
↓
http://www.okinawaweb.com/okinawa/eat/soba/sobanohi.html
そばと呼べるのは、そば粉を30%以上混ぜていないとダメだと
公正競争取引規約により決められていて
そば粉を使っていない沖縄そばは、
そばって呼称を使ってはいけないといわれたのだけど
沖縄製麺協同組合の方々は、そんなこと言われても
沖縄そばは、沖縄そばであって、沖縄麺でもなけければ
沖縄ラーメンでもない、
(あえていうなら“すば”かなといったかどうかは分からないけど)
昔っから、ウチナーンチュは、沖縄そばって呼んでいたんだから
と、すったもんだの交渉を粘り強く続けた結果、
1978年10月17日に「本場沖縄そば」として認められたそうです。
そしてこの日を記念して、「沖縄そばの日」にしたのだそうです。
さぁ、今日はどこに食べにいこうかな。
どこもいっぱいそうだけど、
「沖縄そばの日」には、
「沖縄そば」を食べなくちゃって思ってしまうのは、私だけではないような…。
2005年10月08日
ユートゥイ
船底の水をくみ出すための道具のことを「ユートゥイ」というそうです。
以前、糸満にある「海人工房」で見せてもらったことがありますが
恩納村博物館にも展示されていました。
右から、木製、米軍払い下げのヘルメット、そして漂白剤のボトルを利用したもの。
時の流れとともに、ユートゥイも変化しているのですね。
だけど、この漂白剤のボトルを斜めに切った「ユートゥイ」は、
どこかで見たことあるぞ。
そうだ! ゴルフ場(琉球ゴルフ倶楽部)のキャディーさんが
ディポットを埋めるための砂を砂袋に入れるときに使っていたものでした。
へぇー、起源は「ユートゥイ」だったんですね。
おもしろい発見でした。
ルネッサンスリゾートオキナワを越えてすぐ右手にある恩納村博物館は、
海人のくらしや恩納村の道(宿道)などを展示しています。
展示ホールから、海が一望できます。
恩納村博物館
住所:沖縄県恩納村字仲泊1656-8
TEL:098-982-5112
開館時間:9:00〜17:00
休館日:月・祝祭日・慰霊の日の翌日・年末年始
観覧料:高校生以下30円 一般100円
2005年09月22日
2005年09月14日
やんばる路
今日はひさびさに北部での取材。
海を見ながらのんびりと北上しようと思っていたら、
思わぬ渋滞に巻き込まれてしまい
往路はそれどころではありませんでした。
なので帰りに少しだけ寄り道してきました。
道の駅許田です。

ここの宝くじ売場は、当たる確立の高いことで有名で
「幸福をもたらす売場(だったかなタイトルが不確かです)100選」に選ばれたほどです。
となりのおっぱ牛乳のジェラードは、ミルクたっぷりなのにさっぱりとした味わい。
いつもなら食べるんだけど、今日は別の計画があるので写真だけ。
遅めのランチは、名護市民ビーチ近くにある
『沖縄農園』さんのおやつ処で沖縄そば&デザート。

ここのそばは、沖縄そば(500円)と言えども、お肉は軟骨ソーキ肉を使っています。
隣で食べていた女性の観光客が
「キャー、トロットロで噛まないで食べられるぅー」と感動していました。

そして、ジェラードを我慢していた理由、
『マンゴーの果肉入りかき氷(300円)』の登場。
本物ですよ。マンゴーがたっぷり入っています。
マンゴーソースは、甘さ控えめなので、最期まで飽きずに食べられます。うーん満足!
かき氷で体の奥から冷えたので、暑い日中のドライブもへっちゃらでーす。
帰りには『お菓子御殿』さんの裏手にあるビーチでひと休み。
そう、これですよ。私が見たかった風景は。

ところで皆さんは、やんばると言えばどこからを指しますか?
1、恩納村から北
2、名護から北
3、その他
私は名護から北だと思っているのですが、
以前恩納村のある方を取材したとき
「琉球王朝時代、首里から北部へと抜けるとき、
さぁ、これからやんばるだと仲泊でひと休みしていったんです。
だから恩納村はやんばるの玄関口なんです」と仰っていました。
「北部」と表現すれば、恩納村は確実に入るのですが
「やんばる」となると、もっと北のような気がするのだけど…
海を見ながらのんびりと北上しようと思っていたら、
思わぬ渋滞に巻き込まれてしまい
往路はそれどころではありませんでした。
なので帰りに少しだけ寄り道してきました。
道の駅許田です。
ここの宝くじ売場は、当たる確立の高いことで有名で
「幸福をもたらす売場(だったかなタイトルが不確かです)100選」に選ばれたほどです。
となりのおっぱ牛乳のジェラードは、ミルクたっぷりなのにさっぱりとした味わい。
いつもなら食べるんだけど、今日は別の計画があるので写真だけ。
遅めのランチは、名護市民ビーチ近くにある
『沖縄農園』さんのおやつ処で沖縄そば&デザート。
ここのそばは、沖縄そば(500円)と言えども、お肉は軟骨ソーキ肉を使っています。
隣で食べていた女性の観光客が
「キャー、トロットロで噛まないで食べられるぅー」と感動していました。
そして、ジェラードを我慢していた理由、
『マンゴーの果肉入りかき氷(300円)』の登場。
本物ですよ。マンゴーがたっぷり入っています。
マンゴーソースは、甘さ控えめなので、最期まで飽きずに食べられます。うーん満足!
かき氷で体の奥から冷えたので、暑い日中のドライブもへっちゃらでーす。
帰りには『お菓子御殿』さんの裏手にあるビーチでひと休み。
そう、これですよ。私が見たかった風景は。
ところで皆さんは、やんばると言えばどこからを指しますか?
1、恩納村から北
2、名護から北
3、その他
私は名護から北だと思っているのですが、
以前恩納村のある方を取材したとき
「琉球王朝時代、首里から北部へと抜けるとき、
さぁ、これからやんばるだと仲泊でひと休みしていったんです。
だから恩納村はやんばるの玄関口なんです」と仰っていました。
「北部」と表現すれば、恩納村は確実に入るのですが
「やんばる」となると、もっと北のような気がするのだけど…
2005年09月13日
2005年08月07日
与那原大綱曳

今日は、400年以上の歴史をもつ与那原大綱曳が行われました。

今年の支度は、西が『鬼女』と『オヤケ赤蜂』

東は『中城若松』と『大里按司』。

『中城若松』と『鬼女』は組踊・執心鐘入の物語の中で、
一夜の宿を提供してもらった『中城若松』に言い寄る女が『鬼女』へと変身した、
という間柄で対峙するのはわかるのですが、
『オヤケ赤蜂』と『大里按司』の関係がつながらない。
単純に歴史的人物というだけなのかな?

支度とは、綱の上に乗った扮装した青少年のこと。(与那原町役場HPより)
2005年08月05日
辺野古への基地移設に反対する署名のお願い
ある方のブログで
『辺野古に基地をつくらせないように署名を送ろう』という署名活動について知りました。
8月3日の琉球新報で報じられたそうですが
沖縄タイムス購読者なので、今日まで知りませんでした。
辺野古沖へのヘリポート移設をやめさせようと、
米国在住の県人の方たちがインターネットによる署名活動を展開しているもので、
ti-daブログでもpyoさん、びんさんが紹介しています。
8月いっぱいまでで1万人の署名を目標としているそうです。
少しでも多くの方の目に止まるようにと、ブログに掲載させていただきました。
『辺野古に基地をつくらせないように署名を送ろう』という署名活動について知りました。
8月3日の琉球新報で報じられたそうですが
沖縄タイムス購読者なので、今日まで知りませんでした。
辺野古沖へのヘリポート移設をやめさせようと、
米国在住の県人の方たちがインターネットによる署名活動を展開しているもので、
ti-daブログでもpyoさん、びんさんが紹介しています。
8月いっぱいまでで1万人の署名を目標としているそうです。
少しでも多くの方の目に止まるようにと、ブログに掲載させていただきました。
2005年07月02日
沖縄の常識、日本の非常識(お中元編)
いよいよ7月に入り、沖縄は夏本番。
近所のスーパーに出かけたら、お中元ギフトを並べている最中でした。
「えっ、今頃?」と本土の方は思うのでは。
(この本土という表現は沖縄から一方的な表現なのよね。正確には本州なのでしょうか?)
でも、これでも早い方なんです。
というのも沖縄のお盆は旧暦で行うため。今年は8月17日から19日です。
ちなみに沖縄の旧盆は、
旧暦の7月13日をウンケイといい、祖霊をお迎えする日。
7月14日は中日で、仏壇を持っている親戚への挨拶まわり。
7月15日がウークイといい、祖霊をお送りする日。
この3点セットになっています。
スーパーマーケットの競争が今ほど激化していなかった10数年前までは、
8月に入ってやっと「ぼちぼち並べるか」と動き出したくらい。
期日が迫らないと動き出さないウチナーンチュにとって、7月上旬は早い方なのです。
本土でのお中元は、お世話になった方へ感謝を込めて贈るため、
産直やお取り寄せ品など、気の利いたジョートー品が人気だそうですが、
沖縄でお中元といえば、
「旧盆の中日に、挨拶を兼ねて親戚中をまわり、仏壇に供えるもの」
という捉え方が一般的。
沖縄の場合、どこまでを親類と呼ぶのか境界線があやふやなのですが、
その数たるや半端じゃない。
このため商品は、質よりも価格と実用性!
価格は1件につき1000円前後が最多価格帯。
商品は、洗剤やチャンプルー用のソーメン、ツナ缶などが喜ばれるとか。
もちろん仕事上のおつき合いや恩師などに贈る習慣もあります。
この場合、ちょっとだけ見えを張った商品を贈るようです。
で、そもそもお中元の由来ってナニ?
続きを読む
近所のスーパーに出かけたら、お中元ギフトを並べている最中でした。
「えっ、今頃?」と本土の方は思うのでは。
(この本土という表現は沖縄から一方的な表現なのよね。正確には本州なのでしょうか?)
でも、これでも早い方なんです。
というのも沖縄のお盆は旧暦で行うため。今年は8月17日から19日です。
ちなみに沖縄の旧盆は、
旧暦の7月13日をウンケイといい、祖霊をお迎えする日。
7月14日は中日で、仏壇を持っている親戚への挨拶まわり。
7月15日がウークイといい、祖霊をお送りする日。
この3点セットになっています。
スーパーマーケットの競争が今ほど激化していなかった10数年前までは、
8月に入ってやっと「ぼちぼち並べるか」と動き出したくらい。
期日が迫らないと動き出さないウチナーンチュにとって、7月上旬は早い方なのです。
本土でのお中元は、お世話になった方へ感謝を込めて贈るため、
産直やお取り寄せ品など、気の利いたジョートー品が人気だそうですが、
沖縄でお中元といえば、
「旧盆の中日に、挨拶を兼ねて親戚中をまわり、仏壇に供えるもの」
という捉え方が一般的。
沖縄の場合、どこまでを親類と呼ぶのか境界線があやふやなのですが、
その数たるや半端じゃない。
このため商品は、質よりも価格と実用性!
価格は1件につき1000円前後が最多価格帯。
商品は、洗剤やチャンプルー用のソーメン、ツナ缶などが喜ばれるとか。
もちろん仕事上のおつき合いや恩師などに贈る習慣もあります。
この場合、ちょっとだけ見えを張った商品を贈るようです。
で、そもそもお中元の由来ってナニ?
続きを読む
製糖工場近くの津嘉山。運搬車の往来が激しいです。
青い海と澄んだ水。心が落ち着きます。
沖縄では、元旦の新聞は、
組踊の創始者、玉城朝薫の墓を偶然発見。
今日はシバサシの日。くわの葉とススキを結んで、屋敷の角に飾り、魔よけのウガンをするそうです。 





日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!