2005年08月07日
与那原大綱曳

今日は、400年以上の歴史をもつ与那原大綱曳が行われました。

今年の支度は、西が『鬼女』と『オヤケ赤蜂』

東は『中城若松』と『大里按司』。

『中城若松』と『鬼女』は組踊・執心鐘入の物語の中で、
一夜の宿を提供してもらった『中城若松』に言い寄る女が『鬼女』へと変身した、
という間柄で対峙するのはわかるのですが、
『オヤケ赤蜂』と『大里按司』の関係がつながらない。
単純に歴史的人物というだけなのかな?

支度とは、綱の上に乗った扮装した青少年のこと。(与那原町役場HPより)
Posted by 中里智英子 at 21:18│Comments(6)
│沖縄のネタ
この記事へのコメント
大里按司が、オヤケアカハチの乱の平定(というのも中央中心史観ですが)をしたからではないでしょうか?
でもそうだったら仲宗根豊見親のほうが適当なんでしょうけど、本島のお祭に石垣と宮古の主人公ではまずかったのかな?
リンクありがとうございました!
(こっそり)西がアカハチと鬼女では、さすがにちょっとなぁ・・・と思いました。
ぼくはきっと、そっちの応援すると思います(^-^ゞ
Posted by びん at 2005年09月30日 22:15
久米島でも、合併前は旧具志川村で綱引きがありました。
コチラでは、綱の上ではなく板の上に乗ってる人々がいたのだけど・・・
もう一度、やってほしいと思ってますが・・・
Posted by jun at 2005年09月30日 22:15
すごいっすね!
楽しそう。
私はこの時たぶん今帰仁にいました。
Posted by 安里 仁勝 at 2005年09月30日 22:15
☆びんさん、ありがとうございます。
大里按司が、オヤケアカハチの乱の平定に関わったのを知りませんでした。勉強不足でした。
離島の情報、とくに歴史については、勉強不足ですね。
オヤケアカハチにしても、サンアイイソバにしても
私の中では、童話の主人公的な存在になってしまっていて、いけませんね♪
☆junさん
綱曳き復活するといいですね。
那覇の大綱引きもダイナミックですばらしいですが
地域に密着した綱曳きもまた、歴史を感じさせてくれいいもんです。
しかも、運動会よろしく、熱くなるんですよね。
☆安里さん
今帰仁ですか?
行動範囲広いですね。
Posted by 中里智英子 at 2005年09月30日 22:15
そんなことないですよー
ぼくはたまたま石垣マニアだったので。
・・・って、石垣のマニアではないんですけど。
でも石垣も好きだなぁ。
なんかよくわかりませんよね(苦笑)
Posted by びん at 2005年09月30日 22:16
「の」が入るのと、そうでないのでは大きな違いですね(笑)。
マニアとまではいきませんが、「石垣(島ではなくブツの方)」って
郷愁誘う魅力がありますよね。
石垣に赤瓦家、石垣にフクギ、石垣に琉装美人などなど…。
Posted by 中里智英子 at 2005年09月30日 22:16